やっぱり、美味しいものは、人を幸せにしますね。1年ちょっと振りくらいに豚しゃぶのお店に行ってきました。

以前、このお店を訪れたのは、病院に就職したものの、やっぱり、消防に入りたいと言い出した救命士の話を聞いた時だったなぁと、もう、既に、懐かしささえある感覚だけど、まだ、たった1年ほど前のこと。悩んだ甲斐があって、行動に起こした甲斐があって希望を叶えた。何だか本当にずっと前の事のように思う。

今の私には1年前って、軽く、4-5年前ではないかと思うほどの遠い記憶のように感じる。毎日、覚えきれないほどの案件が起き続けてるのも奇跡だと思うが、本当に脳がフル回転しっぱなしの状況が、この4年は続いている。

考えなくてはならない事、やらねばならない事、学ばなくてはならない事、そして、遊ばなくてはならない事… 暇だと思う時間がない事は、不幸な事なのか?それとも、幸せな事なのか? 幸せというものの価値は人それぞれなので、私は、後者、暇だと思う時間がない事を幸せに感じる。

「いつも大変ですね」は、私は褒め言葉だと思ってる。敢えて、大変な事を選んでいるので、大変さが分かってもらえているならば、発信力があるという事になる、、、かなぁと、自己満足している。長い人生、景色の変わらない決められた速度で歩き続ける安全で安定した舗装した道路を歩く事は全く望んでない。大変なのは、生き甲斐なんです。

解決しなきゃいけない課題がある、そんなチャレンジングな人生の道を歩めている事に、私は誇りを感じている、地べたを這って草をむしり道のない所に道を作る機会に恵まれる人は、そうそういない。

未来の進むべき道に悩む20代との会話の中で、人が歩きすぎた道より、道ができるか出来ないか、自分を試せる環境の方が楽しいですよね?と言われた時に、あ、この子は、どんな道でもちゃんと歩けるようになる。と確信した。

ああにはなりたくない。自分の置かれた環境の中の大人に自分の将来と重ね合わせている人も少なくない。その言葉は重たい。

誰かに着いて行った所で、その人が、最後まで道先案内人をしてくれる保証はゼロ。未来に迷った時に信じるべきは自分の行動力だけだと思う。人を頼るから、道を見失ったら人を恨む事になるのだから、全て自己責任で自分で意思決定すべきこと。

今の若い世代は、人が歩きすぎた道には行き止まりがある事を知っている。

怖がらずに、己を信じて、行動力を持って挑戦して欲しい。

その行動力の差は、必ず、リタイアする頃には顕著に現れるはずだから。

誰かのせいにしてしまうような人生だけは送らないで欲しい。未来を開くヒントは、自分が持っていると信じて、行動に移して欲しい。

彼らを見ていると、本当に頑張らねばと思う。次世代がドンドン挑戦できる仕組みを残して行きたいなぁ。