こんなに大変な旅になるとは思っていませんでした。過信するわけではないけど、相当、旅慣れているし、ハワイは、正直、もう、数えられないほど来ているから、絶対大丈夫だと思ってました。

十数年間ぶりに会いたい友人もいたけれど、とてもじゃないけれど、時間に余裕がない。

たった1キロの道のり。その1キロが、両親にとっては、フルマラソンのような道のりに変わっていました。今はハワイ時間の深夜、1人、声を殺して、止まらぬ涙を拭いながら、デスクワークをしています。1キロ、5時間。何度も止まって休みながら、昔歩いた思い出の道を辿った。辛いのは私ではなく本人達、本当に切ない。

200メートルが歩けない父。ちょっと目を離したら転倒してしまう母…。一緒に暮らしている姉は、一体、何を見てきたのだろう?傷だらけの両親の足に胸が締め付けられた。きっと、普段から、転倒を繰り返してきたはずなのだ。この夏過ぎたら癌治療から体力的にキツくなるだろうからと、このタイミングで連れてきたけれど、もう、治療にも耐えられる体力は2人には残されていないのかもしれない。

全く気付いてなかったわけではないけれど、私達夫婦と出かける時は、できるだけ、楽をさせてきたので、本当の姿を把握してなかったのだと思う。

残念ながら現実になっている最悪な事を想定して、プランは立てていた。レンタカーはもちろん借りてるけれど、例えどこにも行けなくても、ハワイを楽しんでもらえるようなホテルを選び、どこにも出かけなくても食事に不便のないように、コンドミニアムにして、ベッドルームの窓からも、ダイニングからも、ラナイからも、海を眺めるのに遮るものがないお部屋を選んだ。

夫が手伝ってくれながら、朝から晩までの食事も、お風呂の介助も、何もかもが必要だけど、あぁ、最高だ、こんないい旅行をさせてもらえて、最高だ。と、何度も言ってくれる。起きている時間なあまりなくて、直ぐに疲れて寝てばかりいるけれど…。

来れて良かった、最高だ、最高の旅行だ!

その言葉の奥には、自分の最期の時を言い聞かせるように感じるのです。

山盛りの薬を飲むと食事前にお腹一杯になってしまう。高齢者の医療は本当はどうあるべきなのだろうかと思わずにはいられない。

本当はかわいい孫と一緒に来たかったに違いない、だから、今度は、一緒に来よう!と励ますけれど、その笑顔の奥の寂しそうな目に、時を経るという残酷さを感じずにはいられません。

老いていく人達への終期末医療はどうあるべきか、ずっと考えています。

最期の時は、どう迎えさせてあげたらいいのだろう? 現実味を帯びているその時の事をしっかり考えねばと思います。

時の流れは残酷なものですね…。