最初は医療現場から始まったと思うが、いつからか、コミュケーションという社会過程の中での情報伝達を接遇だと自治体内の教育で教えるようになっている。

一体、何がどうしてどうなったら、こんなに訳のわからない捉え方が出来るようになるのか、本当に不思議。言葉の持つ意味すら、その定義すら、疑問に思ったりしないのが思考停止する人達の集まりでは、接遇?!という摩訶不思議な教育で人間関係だけでなくコミュケーションが円滑に行えるコツだと教わるようだ。

絶望的に情報を多角的に見られない人達がどれほどいるか…。それを示していると思う。

そりゃ、そんな教育された人が管理職になったら、そもそもマネジメントから相当かけ離れた妄想の世界で人材管理や人事考課がなれさるのだから、メンタルやられる次世代が続出するのは当たり前だと思う。今時の人達がメンタル弱いのではなく、情弱な管理者に当たる確率の高さではないだろうか? 正直、情弱上司は相当辛いはず、うわぁ、痛いわぁ…と思う人の指示に従うのかと想像するだけで病みそう 笑

そもそも、多様化する個人価値観を認めずに、管理職の価値を認めさせようという手法を教える講師とやらは、きっと、雇われ人の管理職か個人事業主レベルの人で、組織をゼロから作ったことなどない人の完全なる理想論を聞かされているのだろう。

個人の価値観の押し付けが、パワーハラスメントである事が理解できない管理職の下に付いた人は、後は、地獄しか味合わないはずだ。無論、大半は、防衛本能的に、自分の価値観を変えて、奴隷的にその上司に従って身を守る方に徹するでしょう。管理職に逆らっても良いことはない。公務員なら尚更、とにかく、じーっと耐える事が人生の大半の仕事なのだから。

区役所、市役所に行くと、次のお客様と呼ばれる時代。私も女性の中でならば、そこそこの納税額を納める納税者なので、是非とも、お客様としての高いステータスを与えてもらいたいものだ…。っていう発想に転換する人が出てきてもおかしくない。

行政機関からみる国民はお客様なのか?

もう、好きにしてくれよと思う。行政機関なのに職員に接客技術である接遇を徹底させようとしたりするから、クレーマーだらけになるのではないのでしょうかね?

しかし、医療現場は高いコミュケーションスキルを望まれてるのだから、それを、接遇とかいう言葉に置き換えて研修で飯食う接客業の講師は、私からしたら、ホメオパシーを医療だと教えているのと同じくらい違う。間違えた方向に行くのは間違いない。むしろ、そうなってる。この15年、クレーマーの増え方、尋常じゃないのに、それでも、接客技術である接遇を医療者に押し付けようとする。

コミュケーションは接遇なんて意味は全く持ち合わせていない。

誰が情報修正すべき人なのかわからないけど、接客技術なんて必要ないでしょ、行政機関も、ましてや、医療現場なんて。

法律で定められている、説明責任が接客業が主に行う接遇なんぞでどうにかなるわけがない。尤も、救急隊のような人達が何故に接遇が必要だと教育されているのか益々わからない。不要な119番をするな!と大々的に広報しながら、その一方で、通報した人に接遇をするとか、もはや、カオス。隊員に接遇させるのだから、そりゃ、通報者最強システムが出来上がるわけです。ちなみに、消防大学校では某有名百貨店のお客様なんたらの係が接遇コミュケーションとらやの講師を勤めているという。傷病者、要救助者は、お中元お歳暮と同じかよw 的な。

いや、接遇とコミュケーションを混ぜるな!って話です、根本的に。

行政は一度発信した情報を訂正する事ができない。それが故に、全く間違えた方向性がストラテジーとされて物事が進んで行く。

患者様は神様です。

通報者は神様です。

地域住民は神様です。

その情報発信と教育をしているのは、行政機関です。

いい加減、情報修正がなされるべきではないでしょうか?

というより、ウソ教えすぎですから。接遇とコミュケーションの違いもわからない人が、コミュケーションなんて教育している事自体で、本当に終わっている。

あらゆる面で崩壊の方向に向かう理由、、、情報リテラシー。

メディア云々の以前に、国語の辞書の一つで解決するアナログな世界ですら、多角的に情報を取る事ができないのだから、そりゃ、衰退もしますよね…。

ちなみに、写真は慶応義塾大学法学部教授、大石裕先生の著書のコミュケーション論、コミュケーションの定義からの抜粋です。

日本人は肩書きある凄い人かテレビ新聞報道じゃないと信じないから、肩書きある凄い人と無名なオバちゃんの私が述べている事は同じだと証明しておきます 笑