2012年9月30日  この日が今の私のスタートラインだった事には間違いありません。そう、この日、関東地方に台風が直撃したあの日、赤坂 ホギメディカルホールで、第一回 救急救命士制度研究会を開催した。

今日は、財団オフィスのお引越し。設立からの3年10カ月、事務所として通い詰めたお部屋にお別れの日。新たなオフィスは、これまでのお部屋の倍以上ある。家賃は3.5倍だけど、、、汗

この法人を預かって4年という月日は、法人だけではなく、救急救命士という一人格の医療資格を育ててくれたようにも思います。

救急救命士は、実は、独立した資格だけでは、ほとんど自律をしていない。そう、消防職員でありながから救急救命士、学校教員でありながら救急救命士…。社会の中で、救急救命士だけで収入を得ている人はほぼゼロに等しいくらいの状況で、救急救命士の自律を目指してきたように思える。当然、全く簡単な事ではなかったけれど…。

私は、この法人で何をしているかといえば、救急救命士という資格者が救急救命士という仕事だけで、自律し生活ができるようにしてきているのだと気付かされる。私の仕事は、救急救命士を社会に売る事でもある。ちなみに、私は、相当高く救急救命士を市場に売る。この資格には他の医療職と違い、その特異性は、病院前救護の現場では、市場ニーズが高いからだ。絶対に安売りはしない。ボランティアのような活動を慈善だと勘違いしている人達がすごく多いが、実は、それは、病院前救護、強いては、救急医療を苦しめる要因になっているのだと気付くべきだと声を大にして言っておきたい。

当法人は、東京スカイツリーも、福一も、イベント救護も、何かの職の傍の業務ではなく、救急救命士でなければダメだという自律したいわば、職業として成り立つよう、この4年、それに本当に必死だったなぁと感じた。2つの病院の中でも救急救命士でなければと言ってもらえるような特徴ある業務を創ってきたと思っている。

今日、職員のみんなが、お誕生日のたくさんのお祝をしてくれました。心温まる気遣い、本当に嬉しかった。

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経営に就いた30歳の時には、全く気付けなかった事が、経営者になって丸15年が経って、ようやく見えてきたようにも思います。今、スタッフにとても恵まれている事が本当に嬉しい。

4年もの月日があれば、変えられる事がある。4年前、今のこの姿を想像できたかと言われたら、実は、思っているより、1年早く実現しています。私が思い描いている世界が現実化されるのは、ここから5年後でしょう。でも、その世界に、やっと手が届いて来たように思います。

そして、46歳になったおばちゃん経営者は、また新たな法人を設立させる予定です。そう、そろそろ、自分が舞台に立ってもいいかなぁというフィールドに移行をしていこうと思います。

全く道のない草むらの中、この4年、ひたすら草をむしり、石ころを取り除き、次世代が歩けそうな雰囲気だけは創ったように思ってます。その雰囲気をしっかりとした道に変えるのは、救急救命士、当事者達であるべきですよね。

そう、新たな道を歩き始める時が来たようです、老害は早く引退するに限りますからね!

今年も去年と全く違ったお誕生日を迎えられた事が私の誇りだ。進化できてる事、前進できてる事、沢山の支援があって、未来に進めている事、何もかもが本当に誇らしい。だからこそ、スタッフに心から感謝できる。

だからこそ、また、新たな事にチャレンジします!!!

今年も、思い切り進化していきたいと思います。皆様、これからも、どうぞ、宜しくお願い申し上げます!