まだ答えは出ない、私の判断は正しかったのだろうか?緩和ケアという「医療」を本当に私は理解をしていたのだろうか?上辺だけを理解していなかったのだろうか・・・。

私は、自分の最後の瞬間が訪れることがわかりながらセデーションを選ぶだろうか?それを実施される時、家族に何も告げられずに、自分の終わりを選ぶだろうか?安楽死とは違うと説明はされるが、どこがどう違うのか、全然わからない。

耐えがたい痛みを取るための治療という緩和ケアだが、緩和ケアは回転率が良く、ベッド待ちもある意味ではそんな長くかからない。そりゃそうだ、延命処置はしないことが前提なので、1週間もすれば力尽きる人達がたくさんいる。本気で何もしない。驚くほど何もしない。もちろん、何もしないのではなく、医療的には何もできることがないという状態の患者のための緩和ケアなんだけど…。

私たち家族が悪性腫瘍による末期癌で全身に転移しており手のつけようのない状態だと告知されたのは、父が救急搬送された9月30日だった。

8月、大腿部骨折で入院中の時の時に血尿が出て、検査に回してもらい膀胱癌が見つかった。本当は、整形のリハで転院をさせてもらうはずだったのが、この癌が見つかったことを理由に転院を断られ、強制的に8月末に退院となった。その膀胱癌があまりにも悪性で、整形で入院中にあっという間に全身に転移したと説明されたのは、救急搬送された救急医から敗血症とDICだと告げられた時だった。ちなみに、循環器のドクターからの告知。年前、前立腺癌と診断されたていたがその癌については数値が改善されいると聞かされていて、膀胱癌は、本人が何度も医師に調子の悪さを訴えながらも検査をしてもらえていなかった時に大腿部骨折をしてしまった。救急搬送される前日に、長年通ってた同病院の循環器の医師の外来受診に行っており、特に問題ないと言われた翌日の救急搬送であった。その外来で、相当痛みがあることも苦しいことも訴えていたのだけど…。

私は、父の入院中、泌尿器の担当医も循環器の担当医も一度も父の顔を見ることもなく、当日たまたま救急担当をしてた後期研修医のみで緩和ケアに転院となったことへの疑問と不信は永遠にぬぐえないと思う。高齢者の医療だから結果的に死亡する事は避けられないのだから訴訟しても無意味だけど、でも、これが、もし夫に対してであったら、全力で戦いに行ってるだろう。

もちろん、急性期病院で何もできないし、ベッドコントロールが必要な患者だったことはわかっているが、高齢者で、終末期となれば、とにかく早くベッドを空けるための医療としか思えないようなことが行われているのだという現実も身に染みた。

無論、高齢者に対する消極的な医療は否定はしない。医療的にやれることがないんだし、癌になってるのは医療者の責任でもないし、加えて高齢者となれば、治療の意味があるのかという疑問は、誰もが持つであろう。

だけど・・・自分の終わり方くらい、ちゃんと選択させる時間があってもよかったのではないだろうか?痛みを取るだけの医療ではなく、最後を迎えるための医療だと患者本人にも伝えるべきであろうと思う。

あの日、たまたま救急担当になった後期研修医からの説明ではなく、10年近く通ったかかりつけの病院だったのだから、癌の告知は泌尿器科がすべきだし、その後期研修医の上級医に長年循環器を見てもらってたのだから、今どんな状況にあるかは、救急担当の後期研修医がICすることじゃないんじゃないか?と何度も思った。

緩和ケアへの転院も、その前日の昼に決まり、翌朝9:00に出発だった。患者であった父には、出発直前に、転院するとだけ伝えて、どこに何をしに行くのかすら全く理解していなかたった。とても怖がって父は泣いていたのだ。

転院と言われた日、私は、その後期研修医に連絡をした。父は理解してるのか?と。ハッキリ言わないまま、このタイミングで断ったら転院できなくなるから、と、その説明だけだった。

こんなプロセスで患者と信頼関係が出来ないままでの緩和ケアという医療への転換と安楽死をさせる事と、一体、何が違うのだろう?

このまま最期になるなんて、全く理解してない患者に対し、ベッドコントロールの問題から痛みを取る治療という名の力尽きるのを待つだけの医療の選択を強制させられたまま、たった1週間で死んでしまったという事実は、一生、私を苦しめる事になるのだと思う。

セデーションが実施され、あっと言う間に意識レベルが低下し、そのまま、父の心停止を36時間ほど待った。モニタも付けず、ただただ、患者の体力が尽きるのを待つだけの時間。心停止になるのをずっとずっと見ているだけの時間。

当然、一度も意識が戻ることはなかった。

「穏やかでよかった…。」

そんな風に言えるようになるまで、私はしばらく時間を要する気がする。

尤も、父の心停止の時、瞳孔確認を看護師がペンライトではなく、その辺にあった懐中電灯を使った事や、呼吸停止した時に、橈骨で脈拍確認をしてたあの衝撃も忘れられないだろう。

まぁさぁ、死ぬと決まってるけれど、もうちょっとちゃんとやろうよ、、、と、思ってしまった。父の臨終の時にあまり涙がでなかったのは、そんな事が気になってたからなのかもしれない。悲しむより、なんでやねん!ってツッコミが先に出てしまったのよね。

緩和ケアという「医療」は、医療者と患者との信頼関係だけでなく、患者家族との信頼関係が構築できていなければ、残された家族に大きな影を落とす事になり兼ねない。

痛みを取るプロなんてそこにはいなくて、死亡確認は当直のお爺さん先生が寝ぼけ眼で、適当な聴診だけして、患者の名前すら知らない、その人がどう生きて来たかなんて全く知らない医師からご臨終と告げられて終わるだけだ。

この瞬間、緩和ケアという医療を私は理解してなかったことに気付いた。私の側にいる先生達はこんな雑な事は絶対しない。

父は事情を飲み込めてないままだったので、痛みを取りましょうとしか言われずに、そのまま、亡くなる事になるとは、全く思っていなかったはずだ。痛みは感じないけど、意識はもう戻らない、そんな事は、全く考えていなかっただろう。

全てが終わってみて、今、思う事は、ただただ一つ。

父の意志は全く分からぬままで、私達の判断は正しかったのだろうか…。その疑問に対しては答えを出せない。

私なら、セデーションを実施される、その時に、大切な人達に、せめて、ありがとうと一言告げたいと思うからだ。どうにもならない苦しみがあっても、それでも、最期に一言だけ、一目だけでも愛する人に会いたいと思うからだ。

父もきっとありがとうと言いたかったに違いない。母を心配したに違いない。

この先、超高齢社会が進むにつれ、緩和ケアのニーズは高まるの一方でしょうから、あえて言いたい…。

緩和ケアという医療について、よくよく理解してから開始しないと、後悔しか残らなくなる。私の知ってる医療から何もかもがあまりにもかけ離れた世界であった。無論、法律を学ぶ立場としては、これは、どうなんだ、、、と思わずにはいられない場面に幾度も遭遇してきた。

高齢者に対する積極的治療には私も否定的ではあるが、高齢者だからといって、終末期なのだから人権を放棄しろというのは全く間違えている。少なくとも、急性期のあの病院は人権を全く無視してきた。それだけは、ハッキリ言っておきたい。

今日と明日の儀式が終われば本当の別れだ。疑問は沢山あるけど、今はただただ…父が自由になって歩き回れている事を信じていたい。

雨の降らない空の上で、気持ちいいなぁ…と言ってくれている事を願いたい。